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訴訟の道のり
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血液製剤フィブリノゲンによって、C型肝炎になった方達が、「薬害肝炎被害者の会」を結成したのは、2002年9月でした。
その2年前に、ある学生が「自分はC型肝炎である」と発表して、薬害問題はエイズ以外にもあることを訴えたのです。
この青年の発言に勇気付けられた被害者20人が、「薬害肝炎被害者の会」を結成しました。
そのうち16人が、2002年10月に東京と大阪の両地裁に集団提訴をしました。
これが、今回の薬害C型肝炎訴訟の始まりです。
訴訟をきっかけに、恐ろしいことが分かってきました。
国も、製薬会社も危険を知っていたということ。
副作用の報告書が破棄されていたこと。
製薬会社からの感染者リストが地下倉庫に置き去りだったこと。
これらの事実が分かっても、なかなか良い方向へ話が進まない日々。
ようやく光が見えたのが、2007年12月。
原告の方達がようやく福田首相と面会することができたのです。
会を結成してから約5年も経っていました。
そして、2008年1月15日、国との和解が成立しました。
もちろん、国と和解したからといって終わったわけではありません。
まだ救済を求めている人たちは、たくさんいらっしゃいますから。
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